医師として「患者さんに贈りたいノート」を作りました | BIBLIOBAGA

2019/06/08 12:28



「世界でいちばん美しい本をつくる」をモットーに、オーダーメイドBOOKを手がける株式会社BIBLIOBAGAが、一般社団法人 日本統合医療学会の部会〈統合医療 女性の会〉と共同制作した『カラダみつめる手帳』と、その続編『カラダみつめるNOTE。発売以来、全国の女性のみなさまから好評をいただき、ロングセラーとなっています。



 

今回は、『カラダみつめる手帳』と『カラダみつめるNOTE』の総監修を務められた心療内科・皮膚科専門医の板村論子先生に、自分の心と体に意識を向ける「カラダみつめる習慣」について聞きました。



板村論子(いたむら・ろんこ)

医師・医学博士。皮膚科・心療内科の専門医。安田病院心療内科・統合医療アール研究所所長。関西医科大学卒業、京都大学大学院博士課程修了。米国マウントシナイ医科大学留学、東京慈恵会医科大学、帯津三敬塾クリニック院長を経て現職。一般社団法人日本統合医療学理事。

 

 


長く患う「人の心」を考え続けて

 

私は、もともと大学院でエイズや白血病ウイルスの研究をしていました。その後大学病院でガンや膠原病の患者さんを診るようになりました。長期にわたる慢性の難治性疾患を抱える方々と接するうち、長く患う「人の心」にどう向き合うか悩むようになりました。

 

その経験から、皮膚科専門医として、心療内科専門医として、幅広く仕事をするようになっていきました。また三人の子どもの育児がひと段落してからは、漢方や鍼灸などの東洋医学やその他の相補代替医療の勉強も仕事のかたわら続けてきました。

 

そんなふうに、さまざまな「科」や「領域」をまたいで患者さんの心身に向きあい続けていると、気づくことがたくさんありました。



 

たとえば、心と体は密接に関係していること。心の不調が肌の疾患としてあらわれたり、頭痛やだるさといったその他の身体症状としてあらわれたり。一人の患者さんの中で、体のさまざまな部位と心、そして仕事や家族などその時々で置かれた社会的な状況が複雑に影響しあって、「症状」があらわれているのだと痛感しました。

 

つまり、皮膚科だから「皮膚だけ診る」、消化器内科だから「消化器だけ診る」というのでは、患者さんの心身に何が起きているかを正しく把握できないのです。専門用語で「全人的医療」と言いますが、専門科によって患者さんの体を切り分けて診るのではなく、患者さんを、一人の人間として多面的に診ていくことが、とても大切なのだと考えるようになりました。

 


自分の心と体に意識を向ける力


現在の医療は、ある意味「おまかせ医療」なんですね。血圧、血糖値、尿酸値……などなど、検査で患者さんの体のありとあらゆるデータを数値化して、それをもとに治療方法を決めていきます。患者さんは「注射針を腕に刺されるだけ」「尿を紙コップに取るだけ」「CTスキャナーの中に横になるだけ」というふうに、とても受動的に集められたデータです。そのデータをもとにして、担当医から「この治療法でいきましょう」と提案を受けます。

 

つまり、自分の体にまつわる情報を集めることも、それをもとに治療法を決めていくことも、すべての過程が医師に「おまかせ」になってしまっている。その結果、患者さんから「自分の心と体に意識を向ける力」が失われていることに、医師として強い危機感を覚えています。



 

また、最近人気のウェアラブルデバイスも、手首などに装着するだけで、心拍、睡眠深度、血圧などのデータが収集できて、なおかつ継続的に変化を追跡できるという意味ではとても便利ですが、やはり受動的です。

 

能動的に自分の心と体に意識を向けて観察すること。心身の変化はもちろんのこと、自分が日々さらされているストレスも含めて把握すること。そんな習慣を、医療の現場に根づかせていきたいと、これまでの臨床経験をもとに手がけたのが『カラダみつめるNOTE』です。


 

ストレスから来る症状はコロコロと変化する


特に、ストレスからくる体調不良は捉えづらいものです。

 

ストレスが蓄積して、やがて病気となっていくわけですが、その過程であらわれる症状がコロコロと変わることも珍しくありません。頭痛が続いていたと思えば、めまいや耳鳴りが感じるようになったり。

 

心身にかかるストレスもその時々で変化することがままあります。ストレスの「種類」「強さ」「持続時間」によって、体と心にあらわれる症状も絶えず移ろいます。

 

たとえば、突然うつの症状があらわれる方もいれば、頭痛だけがずっと続いている方もいます。短期的に強いストレスがかかっている場合は、突発的に「円形脱毛症」や「帯状疱疹」など激しい症状としてあらわれますが、慢性的にストレスがかかっている場合は、「頭痛」「だるさ」「肩こり」など目に見えない不調が、さまざまに形を変えてあらわれ続けていることがほとんどです。

 

つまり、複数の症状があらわれては消えてを繰り返しているので、ご本人さえ把握しづらいのです。また一時的に症状が消えると、その症状があったことさえ忘れてしまうのが人間というものです。


 

「カラダの声」を聞ける人は、ほとんどいない


ですから、まずは「さまざまな不調が心身に起きている」と気づくこと。それが第一歩です。

 

よく「カラダの声を聞きましょう」と言われますが、実際にできている方はほとんどいない、というのが医師としての実感です。病院を受診すると、検査をしてさまざまな数値を知らされます。その結果、どうしてもその数値のことばかりを頭で考えてしまいますよね。「血糖値が200mgdlを超えてしまった」「血圧が13585を超えてしまった」というふうに。

 

『カラダみつめるNOTE』は、心身にあらわれる不調を、毎日「マス目を塗る」という単純な動作を繰り返すだけで、直感的に把握できるようになっています。



 

ストレスを感じるとどんな不調があらわれやすい体質なのか。自分は今どのくらいのストレスを感じているのか。自分のストレスに対する限界点はどのくらいなのか。どういう条件が揃えば回復していくのか。回復にはどのくらいの時間がかかるのか。そうした「健康パターン」が視覚化されて、振り返った時にハッと気づくことがたくさんあると思います。



 


そして、自分の「健康パターン」が見えてくると、次は「これ以上は無理しないでおこう」という正しい判断にもつながっていきます。長期にわたりストレスを抱え続けて不調が病気に変化してしまう前に、歯止めがかけられるようになります。

 


医師としての「あったらいいな」を形に


医師としても、患者さんが長期にわたり能動的に体調を記録してくださることは、とてもありがたいですね。たいていの場合、患者さんは症状が悪い時はよく覚えていらっしゃるのですが、症状が良くなるとすぐに忘れてしまうものなのです。以前はこんなに症状が重くて治療によって回復した、そのプロセス自体を忘れてしまうんですね。

 

でも、記録として残しておけば、診察の際にそれを見ながら一緒に振り返ることができます。「2か月前はこんなに悪かったのに、投薬治療によってこれだけ症状が緩和され、回復に向かっていますね」と共通認識を持てるようになる。それは治療する上で大きくプラスに働きます。



 

たとえば、私はよくうつ病の患者さんに、日記をつけるよう勧めます。うつ病の患者さんの中には、回復すると、病気のどん底にいた時に自分がどれほどつらい思いをしていたかをすっかり忘れてしまう方が、少なくありません。そしてまた症状が悪化した際に「すごく悪くなってしまった……」と悲観して落ち込んでしまう。でも、日記などの記録があれば、一緒に読み返すことで「前にも同じような状況に陥ったけれど、治療によってこれだけ回復してきましたよね。だから、今回も乗り越えられますよ」と、説得力をもって伝えられます。


「痛み」に関しても、私は患者さんの治療にあたる際は10段階で記録してもらうようにしています。「薬を飲み始める前に感じていた痛みが10だとしたら、服用を2週間続けた今はどのくらいの痛みですか?」というふうに、自分が感じている「痛み」に意識を向けていただきます。そうすることで、「痛み」を客観的に捉えて上手に付き合えるようになっていきます。



 

『カラダみつめるNOTE』の付録としてついている「痛みのNOTE」は、私が普段治療で使用している痛みの評価(ペインスケール)を、患者さんご自身が続けやすいように簡略化したものです。頭痛や腰痛など、気になる痛みがある方は、ぜひ記録に使ってみてください。

 


医師とより深いコミュニケーションを


『カラダみつめるNOTE』は、医師として長年たくさんの患者さんを見てきた中で、「こういうのがあれば、患者さんとのコミュニケーションが取りやすくなるな」と考えて、工夫を凝らして作りました。

 

病院を定期的に受診していても、医師とは2週間に一度か、ひと月に一度くらいしか会えませんよね。しかも診察時間は510分と限られています。

 

その間にも症状は刻々と変化しているわけですが、毎日のことなので、患者さんご本人は覚えきれません。先にも話したように、症状のあらわれかたには波があり、悪かった時のことだけが記憶に残りがちです。

 

すでに曖昧になってしまっている記憶を、限られた診察時間内で医師から質問を受けながらたどっていくよりも、『カラダみつめるNOTE』のような記録を一緒に見ながら状況を把握する方が効率的です。



 

短時間で正確に患者さんの状況がつかめれば、残りの診察時間でより深いコミュニケーションが取れるようになります。患者さんは、本当はどういう治療を望んでいるのか、家族からはどのようなサポートが受けられるのか、治療と仕事の両立は可能なのかなど、症状の把握から一歩も二歩も踏み込んだやりとりが可能になります。

 

そういうコミュニケーションを、診察のたびに積み重ねていけば、患者さんと担当医の間には、よりよい信頼関係が生まれ、治療も最後まで安心して続けられるようになると思います。その意味でも、医師にとって、患者さんが自分の心と体を継続的に記録してくださることは、とてもありがたいですね。

 


症状がなくなったら卒業してもOK


『カラダみつめるNOTE』は、ずっと続ける必要はありません。黒く塗るマス目がなくなれば、卒業していただいても大丈夫です。気になる不調があらわれたら半年、1年と記録を続け、生活を改善してストレスを減らしたり、病院を受診して治療を始めたりして、症状が消えれば記録をやめても問題ありません。

 

また症状があらわれたら、記録を再開すればいいだけです。そのために『カラダみつめるNOTE』は、365日いつからでも始められる仕様になっています。「毎日続けなきゃ」とプレッシャーを感じることなく、ご自身の心と体の状態に合わせて柔軟に日々の生活に取り入れてみてくださいね。

 

板村論子先生が6/29に日本赤十字医療センター(東京・広尾)で「カラダみつめる習慣」についてセミナーを開催されます。セミナーの中では、『カラダみつめるNOTE』の使いかたも、ワークシートを用いてわかりやすく解説いたします。

>>セミナーの詳細・申し込みについてはこちら