瞑想をするように、ひとりきりになって読みたい「おとなの絵本」 | BIBLIOBAGA

2019/01/29 06:20



「世界でいちばん美しい本をつくる」をモットーに、オーダーメイドBOOKを手がける株式会社BIBLIOBAGA。そのメディア「みつめる時間」で今回ご紹介するのは、おとなのための絵本『A BOOK』(Works & Words/3500円)です。

 

仕事が忙しくて、身体が疲れて、家族や友人との関係がちょっとぎくしゃくして……。余裕をなくして「心を整えたい」と感じたら、そっと手にとって開いていただきたい特別な一冊です。

 

いつもよりすこし早めに起きられた朝に、夜ベッドに入るまでのひとときに、『A BOOK』と共に、静かなひとり時間を過ごしてみませんか。

 

 

無心になってページをめくる時間

 

グレーのシックな表紙に、美しく金で箔を押された『A BOOK』というタイトル。日本語にすれば「とある本」という、あまりにシンプルすぎて内容がまったく予想できないタイトルです。

 


 

表紙を開くと、そこにあらわれるのは一枚のパラフィン紙。粉薬が包んである、あの、うすくてすぐに破れてしまいそうな繊細な紙です。

 


 

おっとと、いつものように何気なく本を開いた手が止まり、思わず息を整え、そこからページをめくる手つきが丁寧になっていく。日常の連続がふつりと途切れ、あたかも瞑想でもしているような静謐な時間が訪れます。

 

この『A BOOK』を手がけたのは、デザイナーの成澤豪(なりさわ・ごう)さん。妻の宏美(ひろみ)さんとデザイン事務所「なかよし図工室」を主催、ブックデザインからプロダクトデザインまでジャンルに捉われず数々の名品を生み出されています。『A BOOK』は、そんな成澤さんの「デザインの仕事からは離れたアートの世界でも表現活動したい」という想いから誕生しました。



 

デザイナーとしての仕事のあと、一日の終わりに少しずつ創り続けたアートが、『A BOOK』という一冊の作品となるまでの話を聞きました。

 

「デザインの仕事はインプットが多いんです。でも、インプットをいったん止めて、その日一日の感覚や感情を線にしてみたところ、思わぬ発見がありました。頭ではなく指先から感じる発見がとても楽しくて。

 

最初は単純なドローイングから始めたものが、色紙を切り貼りしたコラージュになり、やがて『A BOOK』に登場するような紙版画になり……。ほぼ毎晩紙をハサミで切り版を作っては、休日の昼間に刷っていました。インクの色がわかるように自然光の中で、ただ黙々と刷る。静かな部屋にシュッシュッとバレン(版画に用いる道具)で紙を擦る音だけが響く。それは、私にとって写経をしているような時間。そういう日々から生まれたのが今回の『A BOOK』です」

 

一日の終わりに無心になって、その日自分の中に起きた感覚や感情を拾い上げていく。そんな成澤さんの日々のいとなみが織りなす『A BOOK』とは、どんな本なのでしょうか。

 

記憶の奥に眠る「なつかしさ」に浸りながら

 

はらはらと音のするパラフィン紙をそっとめくると、やがてまっしろなページに「しずかなこえ」という言葉があらわれ、物語が始まります。

 


 

そこは、昼さがりの明るい部屋。少しずつ色の異なるあわいベージュで描かれる、どこか見覚えのある場所。子どもの頃だったか、遠い昔に目にしたことのある風景。きっと誰もが記憶の中に大切にしまっている「なつかしさの結晶」を、描き出したかのようなシンプルな絵が続きます。

 

今回の『A BOOK』に収められている絵は、紙版画と呼ばれる版画の中でも珍しい手法で描かれた「ROOM」シリーズ。版画なのに、紙という繊細な素材を用いているがゆえにほぼ一枚しか刷れないそうです。

 


 

わずかに開いた扉、廊下の奥にのぞく階段、階段をのぼった先にある窓、ドアの向こうに続くいくつかの小部屋、床に落ちた陽だまり……。

 

どこかわからないけれど、なんだか無性になつかしい場所を、ふわりふわりと浮遊してゆくような不思議な感覚が、ページを繰りたびに湧き起こります。たっぷりの余白の中に並んだほんのすこしの文字を、心の中でゆっくりと読みながら、そのなつかしい感覚にただただ浸ります。

 

ほんの5分か、10分、声にも出さず、考えごともやめ、スマホのことも忘れて。一冊の本の中に広がる、どこまでも明るくどこまでも透明な世界に足を踏み入れたたずんでみる。おとなになってしまった普段の自分から抜け出して、まだ何者でもなかった頃の自分に久しぶりに遭遇したかのような、ささやかな喜びが胸の中に広がります。

 

全体でわずか32ページの本ですが、最後のページをめくる頃には、胸が静かな安心感で満たされていることに気づくはず。

 

 

日常の中の「幸せの種」を掬いあげる

 

誰が登場するでもなく、何かが起こるわけでもなく、温かな静けさに包まれた空間だけが描かれる絵本『A BOOK』。成澤さんはどんな想いを込めて、この一冊を創られたのでしょうか。

 

「この本を開くことで、1日に1秒でもいいから、ホッとしていただけたらいいな、と思っています。読み進めるうちに、ティッシュが風であおられてふわっと浮き上がるように、心が軽やかになったり、背中をそっと押されたり、手に取る人にそんな瞬間をお届けできたら嬉しいですね」

 

A BOOK』に描かれた風景は、成澤さんが日頃小さなメモに残しているスケッチをもとに構成されることが多いそう。それを成澤さんは「幸せの種」と呼んでいます。

 

「不意に“今、幸せだな”と感じる瞬間って、きっと誰にでもあると思うんです。それはあまりにささやかなものだから、たいていは掬いあげられることのないまま忘れ去られてしまいますが。

 

たとえば、私の場合、毎晩おふろあがりに妻がグラスに注いで置いておいてくれるお茶を目にするたびに、“ああ、美しいな、幸せだな”と感じます。そういう瞬間なら、きっと誰しも覚えがあるはず。“幸せの種”って、そのくらいささやかで本当はありふれたものなんです」

 

A BOOK』は、私たち一人ひとりの中にあるそうした幸せな瞬間を、本を開くたびに再生してくれます。



 

「もともと絵描きになりたくて美大に入り、紆余曲折を経てデザイナーになりました。デザイナーとしてこれまでたくさんの仕事を経験した上で、あらためて“アートって何だろう?”と考えてみたとき、アートは喜びを表現するために存在するのだと思いました。

 

生きていれば、苦しみや憎しみは普通にあるものです。誰かと相容れなかったり、悲しい出来事が身に起きたり。喜びの方が稀ですし、感じても取り逃がしてしまう可能性が高い。自分が感じた喜びを留め、他者に伝えたいと想うとき、アートという手法を人は選ぶのではないかと」

 

アートとは、幸せを誰かに届けるためのもの。『A BOOK』の世界には、そうした成澤さんの考えかたが流れています。



 

言葉から解き放たれる時間をもって

 

実は、絵に添えられた文字も、成澤さんがこの本のためだけにデザイしたもの。通常「読むもの」とされている文字を、絵と同じように「見るもの」として感じてほしいという想いから、日本語も英語も一文字ずつ丁寧にデッサンをして、本全体の雰囲気に溶け込むように創られています。

 


 

私たちは文字が目の前にあると、無意識のうちに読もうとしてしまいます。読んで、その意味を捉え、その意味の裏に隠された意図を考え、それらをつなぎあわせた先に文脈や物語があるはずと身がまえます。

 

でも、『A BOOK』は、私たちが普段とらわれている「読む」という行為から解き放ってくれます。絵と渾然一体となったほんの数文字を目で感じる。やってみると、目の前にあるものをただ目で追うというシンプルな行為が意外に新鮮だと気づきます。

 


 

「この本は、私がアーティストとして手がけた最初の本ですが、次の本も、その次の本も『A BOOK』というタイトルにすると決めています。なぜなら、どの本も私の作品ではないから。

 

本を手にされた方、一人ひとりがご自身の中に眠っている“幸せの種”と再会して何かを感じ取られた、その体験を含めて初めて一冊の作品として完成します。だから、この本は読者の方が読み終えるまで誰の本でもないという意味を込めて『A BOOK(とある本)』としました」

 

ハンドメイドが伝わるたたずまい

 

A BOOK』はアートレーベルWorks & Wordsから、500部限定で発行されました。製本は、なんと、すべて職人さんによる手作業で行われました。

 


 

表紙の部分は布のような手ざわりの紙、背表紙の部分には本物の布を貼りつける「背継表紙」という特殊な方法で製本されています。この方法は、強度を出すために昔の本にはよく使われていましたが、量産には向かないため、最近ではほとんど見かけることがなくなりました。

 

本を読むことが、必ずしも「紙の本」である必要がなくなった今の時代に、あえて「紙の本」をつくる。その意味をつきつめたとき、形のある物として、長く愛され続けるたたずまいでありたいと、BIBLIOBAGAも日々考えています。本を開き、描かれた世界に没入していく体験は、いつの時代もかけがえのないもの。『A BOOK』は、そのための特別な舞台をハンドメイドの本という形で実現しています。

 


 

無心になることが難しい日常の中に、静かな陽だまりのような一冊を。

 

BIBLIOBAGAセレクトの「おとなのための絵本」、いかがでしたか。

 

オンラインショップでは、ラッピング仕様(上写真)のオプションも選択できるので、離れて暮らしている家族や、最近なかなか会えずにいる大切な人へのプレゼントにもおすすめです。

 

*A BOOK』は、一冊ずつ職人さんの手で製本されているため大量生産ができず、初回は500部発行いたしました。こちらのオンラインショップのみで販売しています。この『A BOOK』の販売元は、BIBLIOBAGAオンラインショップではなく、Works & Wordsです。